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無言の告白
ひらひらと、桜の花びらが舞う。ファイツは花びらを手に受け止めて、手の間からそれを零した。

「綺麗……」

散っていく桜を見るのは二重の意味で悲しかったのだが、あまりに綺麗だったので思わず口に出した。

(あたしの想いは……どうなるのかな)

彼への気持ちも、この桜と同じように儚く散ってしまうのだろうか。一番好きな花ではないけれど、やっぱり桜は好きだった。散り際が最も綺麗に感じたとしても。

「ファイツちゃーん!!」

ゆっくりと振り返ったファイツは、声の主達の方へ駆け寄った。転校して来た自分に声をかけてくれた3人娘が、笑顔で手を振っていた。

(皆とも、今日でお別れかあ……)

そう。今日は、ポケモントレーナーズスクールの卒業式の日なのだ。

* * *

卒業するこの日を、ファイツは心待ちにしていた。その理由は1人の少年にある。国際警察官・警視ラクツ。明るく軟派で、その実冷静なラクツ。そんな彼に、最初は言いようのない苦手意識を持っていたのだが、次第にそれはなくなっていた。”何だかよく分からないけど苦手な人”から”一緒にいると安心する人”へと認識は変わり、そしてそれだけでは留まらなかった。つまりは、”好きな人”へと変わっていったのである。
当然と言うべきか、ファイツは自分の気持ちを否定した。何故ならば、自分には既に想い人がいたからである。プラズマ団の王だった青年・N。自分が好きなのはN様であって、決してラクツくんではないと、何度自身に言い聞かせたことだろう。けれど、ファイツの必死の抵抗は失敗に終わった。

(まさか……。あたしがラクツくんを好きになるなんて……)

こう思うのもこれで何度目かしれない。しかし、胸中は恋心を自覚する前とは違って至極穏やかなものだ。結局Nに再会出来たものの、告白はしなかった。だがファイツはこれで良かったと思っている。だって、自分が好きなのは緑色の髪をした青年ではないのだから。
ラクツへの想いを認めてからは早かった。元々が恋に生きる乙女である。人気のない、まさに告白にうってつけのあの場所で、ファイツはラクツに自分の気持ちを打ち明けたのだ。自分でも声が震えているのが分かったが仕方ない。何せ、人生初の告白である。緊張しない方がおかしいというものだ。しかし、自分の告白に、ラクツは淡々と答えたのだった。

『キミの気持ちは知っていた』
『……え?』
『当たり前だ。あれ程視線を向けられれば、嫌でも分かる』
『嘘……』
『そんなことで嘘を言っても仕方ないだろう』

溜息混じりに告げられてファイツは落胆した。ほんの少しだけでいいから、彼に驚いて欲しかったのに。こんなにあっさりと返されるなんて、自分の恋は呆気なく終わったのだろうか。涙が出そうだった。……けれど。

『そうだな……。1週間、待ってくれないか』
『1週間?』
『ああ。卒業式が終わった後で、キミに返事をする』

そんなわけで、ファイツはこの日が来るのを待ち侘びていたのである。断られたわけではない、あたしにもチャンスがある!……こう自分に言い聞かせながら。そして、卒業式は滞りなく終了した。矢のような2時間だった。

* * *

「ファイツちゃん!今までありがとうね。私達、ファイツちゃんと友達になれて本当に良かったわ!」
「あたしの方こそ……。あたしが元プラズマ団だって知っても仲良くしてくれて、本当にありがとう!」

大切な友達に隠し事をする。そのことに罪悪感を感じたファイツは、3人娘に自分の秘密を打ち明けた。軽蔑されるかも、という予想に反して、彼女達はそれでも自分を受け入れてくれたのである。

「それは過去の話でしょ?」
「そうそう!」
「皆……!」

卒業式では出なかった涙がこみ上げてきて、ファイツは顔を覆った。そんな自分に3人娘は微笑みながら告げた。

「嬉し涙は後に取っておきなよ。……ラクツくんに言ったんでしょ?好きだって」
「え……!?え!?」
「あはは!私達、とっくに気が付いてたよ?ファイツちゃんたら可愛い!」
「…………」

ラクツに言われた通り、自分は分かりやすいのだろうか。ファイツは内心溜息をついた。

「……ごめんね、皆。あたし、ラクツくんのこと苦手だとか言っておいて……。皆の気持ち、全然考えてなかった」
「……ううん。すごいよ、ファイツちゃんは」
「え?」
「私達、確かにラクツくんのこと好きだけどさ。でも皆、告白してないの。……告白する勇気なんてなかった」
「…………」
「ファイツちゃんのこと、大好きだから。だから、身を引くことにしたのよ」
「ありがとう……。あたし、行ってくるね」

ファイツはそれだけしか言えなかった。背を向けた自分の後ろ姿を、3人娘が微笑ましそうに見送ってくれているのが分かった。ファイツは駆け出した。窓の外で、ひらひらと桜が舞っていた。

* * *

「ラクツくん……」

特に待ち合わせたわけでもないのに、ラクツはそこにいた。自分が告白した、あの場所で。

「綺麗だな」
「うん、本当……」

彼の言う通り、確かに桜が風に吹かれている。そんな”予想通り”の彼女の反応に、ラクツは目を細めた。

「……桜じゃない、キミがだ」
「……うええっ!?」

予想以上の反応を返した彼女を見たラクツはついに笑い出した。ファイツは涙目で睨む。

「何よ!笑うなんて失礼じゃない!」
「いや、ファイツくんがあまりに可愛いから」
「う……」

そういえば、こっちの”ラクツ”でこんなことを言われたのは初めてかも、とファイツは思う。何だか新鮮だ。

「……で、ファイツくん」
「!」

一転して真剣な表情で見つめてくるラクツ。そんな彼を見てファイツは両の手を握った。

「1週間前の件だが。……一度しか言わないぞ」
「……うん」
「…………」

(例え断られても、後悔はしないわ)

そう思ってはいても、怖いものは怖かった。高鳴る心臓の音がうるさかった。しばらくの沈黙の後、ラクツがこちらに告げた返事は一言だけだった。

「ボクもキミが好きだ」
「……え?」

あまりにあっさりしたその答に、ファイツは面食らった。

「ラクツくん、今何て言ったの?」
「断る。一度しか言わないと言っただろう。話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたし、聞こえてたけど……。もう1回くらい言ってくれたって……」

押し問答を続けてみたはいいものの、結局、ラクツの告白はそれきりだった。しかし、ファイツにはそれでも良かった。一言でも、ラクツの気持ちが聞けたのだから。

「ありがとう、ラクツくん!!」

満面の笑みを向ける自分に、しかしラクツは首を横に振った。

「どうしたの?」
「……ボク達は、この学校を卒業しただろう」
「うん」

話の要領が掴めなかったが、ファイツは素直に頷いた。

「だから、ボクはもう”ラクツ”じゃない」
「え……」

そういえば、とファイツは彼が言っていたことを思い出した。ラクツという名は偽名であり、トレーナーズスクールに潜入する際に付けた名だと。

「……2人きりの時は、こちらの名前で呼んで欲しいんだが」

そう言って自分の本名を囁く少年に、ファイツは微笑んだ。彼が本名を教えてくれた事実が示すもの。それはきっと、彼から自分への最大級の信頼の証だ。

「うん、分かった。……くん」

少年の名を呟いたファイツが見たのは、心なしか顔が赤くなっている彼と、1枚の桜の花びらだった。